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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)384号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 田中ウノ

控訴人 田中初太郎

右両名訴訟代理人弁護士 武藤達雄

同 田中寿秋

被控訴人(附帯控訴人) 福田武雄

被控訴人 福田貞子

右両名訴訟代理人弁護士 中間保定

同 城戸寛

主文

本件控訴及び本件附帯控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)田中ウノ及び控訴人田中初太郎の負担、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。

原判決主文第一項中、第一行目の「大阪市」から第三行目の「三六坪六合八勺」までを別紙目録(二)記載のとおりに更正する。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人両名が共同して本件旧建物を建築し、これを共有するに至ったことは、≪証拠省略≫によってこれを認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。そして、被控訴人らが昭和二三年一二月三〇日控訴人初太郎から、金一五万円を、利息月一割五分、弁済期昭和二四年二月末日の定めで借り受けることを約し、かつ右貸金債務を担保するため控訴人初太郎との間で旧建物について譲渡担保契約を締結したうえ、即時金九万円の交付を受けたことは当事者間に争いがない。

そこで、まず、控訴人らの右譲渡担保による旧建物の所有権取得の抗弁について判断する。

本件譲渡担保契約につき、控訴人らは、債務不履行により、目的物が、債権者の意思表示なしに当然債務者に移転し、かつ清算を必要としない代物弁済契約によるものであった旨を主張し、被控訴人らもまた、弁済期に遅滞することを停止条件として確定的に所有権移転の効力を生ずる契約であった旨を主張するのであって、両当事者はともにいわゆる無清算帰属型の代物弁済契約を主張するものと解せられる。ところが、本件貸金として右金九万円が交付されたことをめぐり、控訴人らは弁済期までの三箇月分の利息として六万円を天引したためで、一五万円につき消費貸借が成立したと主張するのに対し、被控訴人らは右天引の約定を否認して、九万円の限度でしか消費貸借が成立しておらず、本件譲渡担保契約は一五万円全額の貸金債務が成立していない以上、その効力を生じえないと抗争するので、この点について検討するに、前示甲第四号証(被控訴人両名と控訴人初太郎間で作成された旧建物の売渡証書)、第五号証(同じくその取戻に関する契約書)には、担保文言としては、「万一期限迄ニ返還セザル場合ハ売渡証ノ記載事項(売渡証は売買契約成立の趣旨を記載)ニ基キ何等異存無キ事ヲ茲ニ誓約シ」との記載があるのみであり、また債務文言としては、旧建物の売買代金、あるいは弁済期に返済すべき金額として単に金一五万円とのみ記載されていて、利息についてはなんら記載されていないのであって、この事実に、≪証拠省略≫を綜合すると、本件消費貸借契約は、まず被控訴人らに代って訴外清水篤太郎が控訴人初太郎と下交渉をし、貸金額、利息、弁済期、担保方法等について話をまとめ、これにもとづいて成立するに至ったもので、利息については右清水と同控訴人間で、昭和二三年一二月分(同月三〇日に貸与されたが日割計算によらない)、翌二四年一月分及び二月分の利息として金六万円(計算上六万七、五〇〇円となるが一部を減額)を天引することに話がまとまっており、この結果控訴人初太郎が、本人及び被控訴人貞子の代理人としての被控訴人武雄に対し、前示甲第四号証(売渡証書)、第五号証(契約証)の交付を受けるのと引換えに、約定貸金額一五万円から右金六万円を天引した残金九万円を交付し、被控訴人武雄はこれを了承したうえ右金九万円を受領したものであることが認められる。≪証拠判断省略≫

しかしながら、昭和二九年法律第一〇〇号による廃止前の利息制限法(明治一〇年太政官布告第六六号)の適用を受ける消費貸借契約にあっても、同法第二条所定の制限(元金一、〇〇〇円以上は年一割)を超過する利息を天引した場合においては、天引利息中同法所定の制限の範囲内の金額と現金交付額との合算額の限度においてのみ要物性をみたし、消費貸借が成立すると解すべきであるから(最高裁判所第三小法廷昭和二九年四月一三日判決)、控訴人初太郎と被控訴人ら間の消費貸借は、結局現金交付額九万円と、これに対する貸与の翌日の昭和二三年一二月三一日から弁済期の昭和二四年二月末日(二八日)までの六〇日間の年一割の率による制限利息一、四四九円との合算額である九万一、四四九円の限度においてのみ成立したものというべきである。

ところで、譲渡担保契約のなかでも、弁済期の徒過とともに目的物の所有権が当然に債権者に帰属し、かつ清算を要しない類型(いわゆる無清算帰属型)のものにあっては、当事者の衡平の見地から(その際利息制限法の立法趣旨も考慮されるべきである)、成立をみた被担保債権の額が代物弁済の対象となるべき約定債権額と異なるときは、その差異が軽微であるとか、その他当事者間の衡平を破壊するに足りないような特段の事情の存しない限り、弁済期に遅滞があっても、目的物の所有権が当然に債権者に帰属する効果を生じえず(無清算帰属型における無清算と帰属は密接不可分の関係にあり、無清算でありながら処分義務を負うようなことは通常考えられないところであって、無清算帰属型における帰属は、無清算型であることの手段的性格をもつものとみて差支えなく、無清算を否定すべき以上、当然帰属をも否定すべきである)、その結果、被控訴人主張のように、譲渡担保契約の被担保債権の充足の程度如何により、担保契約の成立と効力発生とを区別し、契約そのものの全体としての効力までを当然に否定できるとする論拠は認められないけれども、契約の合理的解釈として、当事者が当初予定した契約内容が修正を受けることは是認せらるべく、右の種類の契約はいわゆる処分清算型の譲渡担保契約としての限度でその効力を保有しうるにとどまるものと解するのを相当とする。これを本件の場合についてみるに、本件では、弁済期に弁済すべき約定額一五万円に対して、消費貸借が金九万一、四四九円の限度でしか成立せず、しかも弁済期までの利息はすでに天引されていて、被控訴人らは弁済期に右金九万一、四四九円の支払義務を負担するのみであったのであり、右にいう特段の事情の存在も認められないから、被控訴人らがこれを弁済期に遅滞したとしても、これによって控訴人ら主張のような当然に旧建物の所有権が控訴人初太郎に移転する効果は生じえず、本件譲渡担保契約は、いわゆる処分清算型の譲渡担保契約としての効力を保有しうるにとどまるというべきである。

従って、本件譲渡担保契約が無清算帰属型であることを前提として、弁済期の徒過により控訴人初太郎が当然に旧建物の所有権を取得したとする控訴人らの主張は理由がない。

控訴人らは、予備的に、本件譲渡担保契約が無清算帰属型でないとしても、帰属清算型であったから、弁済期の徒過により控訴人初太郎は当然に旧建物の所有権を取得したと主張するが、代物弁済引当債権額と成立した債権額との間に相当の差異を生じた本件の場合においては、単に約定文言に「売買」の言辞が存するという理由だけでは、右控訴人らの主張をたやすく是認し難く、他に本件全証拠によるも、本件譲渡担保契約が処分清算型としての効力をもつにとどまるとの前判示をくつがえし、帰属清算型であると認めるに足る資料を見出し難く、控訴人らの右主張は理由がない。

二、控訴人らは、次に、旧建物はその後増改築により消滅し、本件建物はこれと同一性を欠く別個の建物であるから、被控訴人らの所有ではない、と主張する。

これに対して被控訴人らは、まず、控訴人らの主張が時機に遅れた防禦方法であり却下されるべきであると主張するのであるが、控訴人らの右主張と同趣旨の主張が、原審における昭和三二年六月二四日付及び昭和四〇年八月一六日付各控訴人(被告)準備書面に記載されていたのに、原審裁判長の釈明的注意によりこれを主張しないこととしたものであることは、控訴人らの自ら主張するところであり、記録上もこれを認めることができる。そして、当審における被控訴人らの右主張が、すでに控訴状に記載され、当審第一回口頭弁論期日において陳述せられたものであること(もっとも、具体的事実関係はのちに補充された)は、記録上明白であって、このような場合には、控訴審が第一審の続審であることからみて、攻撃防禦方法の提出が時機に遅れたかどうかは第一、二審を通じて判断すべきことはもちろんであるが、控訴審が第一審判決に対する不服申立の方法として設けられたものであるという控訴審制度の趣旨に徴し、控訴人らの右主張をもって、たやすく時機に遅れた防禦方法の提出として排斥することはできないものというべく、被控訴人らの右主張は理由がない。

そこで、旧建物と本件建物の同一性を争う控訴人らの右主張の当否について判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、昭和二四年五月頃に控訴人初太郎が旧建物の占有を開始した当時の旧建物は、南向の二戸建一棟と、その北側に隣接する東向一戸建一棟の計三戸で、各戸とも間口約一間半、奥行約五間のバラック造中二階の居宅であったが、内部造作は未了で、外壁はほぼ全部荒壁を塗り終り、屋根は片流れ式に屋根板を張り、こけら板を葺いた程度の状態であり、未完成とはいえ、独立の不動産としての実体をそなえていたこと、控訴人初太郎はその後間もなく旧建物を一応完成させ、かつ三戸を廊下で継ぎ、一戸の建物として利用できるように改造したうえ、妻の控訴人ウノを含む家族とともにこれに入居したこと、昭和二七年頃控訴人初太郎は、旅館を営むべく、旧建物を本建築二階建旅館兼店舗、床面積一階約三八坪九二、二階約三八坪四二(計約七七坪三四)の一戸の建物とし、旧建物三戸はすべて右工事後の建物に包まれる形となったが、この工事のために旧建物が一旦取り壊された事実はなく、控訴人らの家族が居住したまま部分的に順次工事がすすめられ、旧建物の柱も、不要となったものは別として、必要なものは、継ぎ足しや新しい柱を副えるなどの方法をまじえ、そのまま利用される等、右工事は旧建物に改造を加える形で行われたこと、右工事は当初無届で行われたが、後日(昭和二八年一二月一七日)控訴人ウノ名義で受けた大阪府建築主事の確認も、増築及び用途変更の名目で申請及び確認がなされており、新築の確認申請が行われたのではないこと、右改造後の建物は、その後も部分的な増改築が行われたのち、昭和三三、四年頃、二階の柱にさらに柱を継ぎ足して三階部分が建て増しされ、ほぼ本件建物の現況どおりとなったこと、その際補強のため一階の一部に鉄骨の梁が入れられたが、他に一、二階部分はさしたる改造を加えられなかったこと、本件建物の入口附近には、今なお旧建物新築当時の柱が数本残っていること、等の事実が認められる。≪証拠判断省略≫そして、右認定の事実によると、バラック建三戸二棟であった旧建物と本建築三階建の本件建物とは、現況のみからでは、その構造を著しく異にし、建築材料もそのほとんどが入れかわっているとはいえ、それは旧建物が数次にわたり逐次増改築を重ねられてきた結果であって、その間に、取壊し、新築が行われた事実はなく、増改築により旧建物に付属された物は旧建物と一体化してその構造部分となり、これに附合したとみるべきで、物権の客体としての旧建物と本件建物は同一性を有するものというべきである。従って、これらの増改築により旧建物が消滅し、これと同一性を欠く本件建物は被控訴人らの所有でないとする控訴人らの右主張は理由がない。

三、すると、前認定の処分清算型の譲渡担保権実行のために必要な手続がとられたことについてはもとより、譲渡担保権実行のための清算関係についてもなんら主張立証のない本件の場合、たとえ控訴人初太郎が今なお右譲渡担保権を保有し続けているとしても、なお本件建物の所有権を確定的に取得しうるいわれはなく、従って控訴人初太郎からこれを譲り受けたという控訴人ウノもまた本件建物の所有権を当然には取得しえないものというべきである(なお、本件建物が家屋台帳上控訴人ウノ名義に登録されたことは当事者間に争いがないが、控訴人初太郎からの所有権移転が有償で行われた形跡をうかがいうる証拠はなく、弁論の全趣旨からも、控訴人ら自身においてもそのいずれが本件建物の所有者であるかを明確に意識しておらず、名義上や法形式上のことはともかくとして、実質的には控訴人両名が一体としてこれを所有していると考えており、本件建物はなお控訴人初太郎がこれを事実上支配していることが容易に推測され、このような事情のもとにおいては、たとえ控訴人初太郎が同ウノに対して本件建物の所有権譲渡を約していたとしても、これをもって譲渡担保権の実行としての処分がなされたとすることはできない)。

それゆえ本件建物の所有権は、被控訴人らのその余の主張について判断するまでもなく、今なお被控訴人らの共有に属するものというべきである。

四、そこで、被控訴人らの明渡請求について判断をすすめる。

控訴人初太郎が本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。しかし、控訴人ウノについては、被控訴人らは控訴人ウノも本件建物を共同して占有していると主張するのに対し、控訴人らは控訴人ウノは控訴人初太郎の妻であり家族として同居しているに過ぎず、独立の占有はないと抗争するので按ずるに、本件建物が家屋台帳上控訴人ウノ名義に登録されたことは前示のとおり当事者間に争いがなく、さらに、≪証拠省略≫によると、本件建物での旅館営業は控訴人ウノ名義で許可を受けていることが認められ、これらの事実に徴すると、控訴人ウノは、単に控訴人初太郎の家族(妻)として本件建物に居住しているにとどまらず、独立の占有主体として、控訴人初太郎とともに本件建物を共同占有しているものと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、本件建物の占有権原として控訴人らの主張する控訴人ウノの所有権が理由のないものであることは、さきに判断したとおりであり、控訴人初太郎が本件建物につき譲渡担保権を有しているというだけでは、なお控訴人らに本件建物の占有権原があるとはいえない。控訴人らは、昭和二四年七月頃控訴人初太郎が被控訴人武雄から本件建物(旧建物)の引渡を受けたと主張するけれども、≪証拠省略≫によっても、控訴人初太郎が被控訴人武雄の承諾をえて本件建物に入居したのでないことは明らかであり、≪証拠省略≫によると、昭和二四年五月中旬頃、控訴人初太郎の依頼を受けた訴外阪田吉宗(いわゆる暴力団員)が、当時旧建物の内装工事を続けていた被控訴人武雄らの不在中に、旧建物内に無断で入り込み、被控訴人武雄の意に反してその占有を奪取したものであることが認められ、控訴人初太郎の占有取得の際に被控訴人武雄からなんらかの使用権原の設定を受けたと解する余地も全くない。

すると、控訴人らは被控訴人らに対抗できる権原なしに本件建物を占有しているものというべきであるから、控訴人らは被控訴人らに対し、本件建物を明渡すべき義務がある。

五、控訴人らは、さらに、本件建物は大増改築を経たうえ、場所的利益の点からもその価格は比較にならないほど高騰しているから、昭和二三年当時の僅かな貸借を理由に現在の本件建物の明渡を求めるのは権利の濫用であると主張するけれども、さきに認定してきたところによると、本件建物はもともと控訴人初太郎が被控訴人武雄から暴力をもって占有を侵奪し、被控訴人から検察庁への告訴(この事実は当事者間に争いがない)や、本件訴の提起がなされているのにあえて増改築を続けてきたのであるから、明渡による不利益の増大は控訴人らにおいて自ら招いたものともいえなくはなく、また増改築による利得の調整は本来別個の方法で解決されるべき性質のことがらであり、場所的利益の高騰も直ちに権利の濫用に結びつくとは考えられないから、控訴人らの主張するような理由があるというだけでは、被控訴人らの本件建物の明渡請求を権利の濫用と認めるに足りない。

六、してみると、本件建物が被控訴人らの共有に属することの確認を求めるとともに控訴人らに対し本件建物の明渡を求める被控訴人らの第一次請求は理由があり、これを認容した原判決は結論において相当であるから、本件控訴は失当としてこれを棄却することとし、被控訴人の附帯控訴は、その本案である予備的請求については、第一次請求を認容したのであるからその判断をしないが、附帯控訴の申立自体は結局理由ありとするに至らないこととなるのであるから、この意味において失当としてこれを棄却すべきものとし、なお原判決主文中本件建物の表示を別紙目録(二)のとおり更正し、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮川種一郎 裁判官 竹内貞次 平田浩)

〈以下省略〉

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